アフターデジタル時代における海外UX潮流(前編)

UXIAは、UXに関する重点テーマごとに分科会を設置して活動しています。国内外における高品質UX事例の発掘・共有や、UXインテリジェンスの実践知習得に向けた学習環境の整備などが主な活動です。
その分科会の一つ「先進事例研究分科会」の定例会でUXIA事務局長 藤井が発表した「海外潮流レポート」を紹介します。

国や地域ごとに社会環境や文化の特性が違えば、流行るサービスやUX、覇権を握るサービスやUXも異なります。藤井はこのグローバルの動向を、「アフターデジタル」という世界観を踏まえて、独自にカテゴライズしました。

目次

今回はレポートの内容を前後編にわたってご紹介します。

1.前提知識:アフターデジタル概論 ←前編はココ
 ①モバイルやIoTでデジタルリアル融合時代がやってくる
 ②行動データが大量に出てくる
 ③価値提供や顧客理解が変わる
 ④製品販売だけでは行動データが不十分。体験提供が必須となる
 ⑤「UXがよい→行動データがたまる→UXがよい」が競争原理に。UXがよくないとデータはたまらない

2.時代を捉える上での重要観点(1)情報流を押さえる ←前編はココ
 2.1. 「情報流の時代」に至るまでのビジネス潮流
 2.2 テクノロジーの関係性から見た各国における主要技術と対象ビジネスの守備範囲
 2.3 多面的プラットフォーム「BtoPtoC」の重要性は人を吸着させる「場」を作ること
 2.4. 情報流の時代における産業ヒエラルキー

3.時代を捉える上での重要観点(2)各国の特性を把握する

4.時代を捉える上での重要観点(3)データ活用に関する受容度から考える

1.前提知識:アフターデジタル概論

まず初めに、世界潮流を学ぶ上で前提となる「アフターデジタル」の世界観について解説します。
私が提唱しているアフターデジタルとは、企業やビジネス、サービスがUXドリブンにならないと生き残れない時代になることを示しています。なぜUXが重要なのか、その理由は以下の通りです。
藤井によるアフターデジタル概論140字版

具体例を用いて一つずつ簡単に説明します。

①モバイルやIoTでデジタルリアル融合時代がやってくる

まず、モバイルやIoTでデジタルとリアルが融合した時代がやってきます。
これまでタクシーを道端で手を挙げて捕まえていた時代から、タクシー配車アプリで止めることができるようになりました。「これはデジタルか?リアルか?」と問われれば、デジタルを使いながらリアルでタクシーを呼んでいるわけだから、はっきりどちらかだけを答えるのは難しいはずです。支払いにPayPay、食事に出前館を利用するときも同様です。このようなことが進んでいくと、「リアルがメインでデジタルはおまけ」という構造から、「デジタルが起点でリアルな接点はレア」の構造に移っていきます。企業はこの場をどう活用するかが考え方の基本になっていきます。
アフターデジタルの世界観

②行動データが大量に出てくる

デジタルリアル融合時代になると、行動データが大量に出てきます。
タクシー配車アプリを使うと、出発地から目的地への移動データは残ります。飲食店に入ってペイメントアプリで支払えば、そのデータも残ります。ビフォアデジタルの世界では、コンビニのPOSデータの中に「このコンビニで、どの商品が買われたのか」レベルの情報は残っても、「私」という一人のIDに紐づいて、どこで何を買ったかまでは残りませんでした。このような行動データが残るようになったという変化は、デジタルリアル融合時代における大きなポイントです。

③価値提供や顧客理解が変わる

行動データが大量に出てくると、企業ができる価値提供や顧客理解が変わります。
ビフォアデジタルの時代では、属性データをベースにしていました。そのため「渋谷区に住む30代男性」に対し、その人がランニングをしていたとしてもビジネス書をレコメンドするようなミスマッチなことが行われていました。
しかし、アフターデジタルの時代になって行動データが得られるようになると、ランニングをしている人には走り方のアドバイスを提供できるようになります。
つまり、属性という漠然とした形ではなく、時間や状況単位で細かく顧客を理解できるようになれば、できる価値提供の内容や方法が変わってくるということです。

④製品販売だけでは行動データが不十分。体験提供が必須となる

顧客理解の解像度が上がれば、できる価値提供が変わるとお話しました。しかし、単に物を販売するだけを考えていたら、うまく行動データを活用することはできません。もし5年に1回しか買わないようなものであれば、そもそも接点が少なくて顧客理解ができないし、毎日接点があるコンビニだとしても、「朝に来たなら夜も来てもらうクーポン発行」くらいしかできない。
このように、最適なタイミングで、最適なコンテンツを提供するとなれば、製品販売のだけのモデルできません。顧客の置かれている状況、例えば自己実現したいとか、美しくなりたいとか、もしくはこんなことに困っているという、いわゆるペインポイントに対して、何かしらソリューションや価値を提供するためには、顧客に寄り添った体験提供、つまりUXを提供し続けるということが重要なのです。

⑤「UXがよい→行動データがたまる→UXがよい」が競争原理に。UXがよくないとデータはたまらない

では、どうして行動データを得られるのでしょうか。それは、ユーザがそのサービスを一途に使い続けてくれるからです。
「行動データを取りたいのでこのアプリを使ってください」なんて言われても使わないでしょうし、普段アプリをダウンロードしても不便なものであれば使いませんよね。逆に、自分にあっている、便利、面白いと思ったものは使い続けるはずです。使い続けると、行動データがたまる。企業はそのデータをUXに還元し、他のサービスには追いつけないレベルの体験が得られるサービスにする。そうするとさらにユーザが集まり、より多くの行動データがたまり、そしてまたUXに還元し、もっと体験がよくなる。このようなサイクルを生み出すことで、他社との競争に勝っていくことができるのです。

以上のような世界観を「アフターデジタル」と呼んでいます。
ここからは、この世界観から見たグローバルのUX動向と、その見方についてお話していきます。

2.時代を捉える上での重要観点(1)情報流を押さえる

グローバルのUX動向を見ていく際、三つの重要観点があります。

(1)情報流を押さえる
(2)各国の特性を把握する
(3)データ活用に関する受容度から考える

一つずつ説明します。まずは「情報流を押さえる」です。
情報流とは、「情報の行き来」のことです。現代は情報流を押さえる企業が強力な存在感を持つ「情報流の時代」と言えます。

2.1. 「情報流の時代」に至るまでのビジネス潮流

ここから「情報流の時代」に至るまでのビジネス潮流を振り返ります。
元々は製造・物流の時代でした。大航海時代が象徴的です。アフリカのカカオ、アジアの香辛料などを、海を越えて持ち帰る。それだけで価値がありました。次第に製造力が上がると「よい商品を低コストで作り、なるべく広く流通する」ことに価値がある時代になりました。

次に、金流の時代が訪れます。
時価総額ランキングを参照すると、2000年代以降、金融系企業のランクインが増えたとわかります。製造・物流が頭打ちになったとき、金融によるレバレッジが効果を発揮する時代がきたと言えます。

その後、情報流の時代がやってきます。いわば、なるべく細かく、なるべく多様な人々の状況を、なるべくたくさん把握している人が力を持つ時代です。toCの行動データ、toBの企業活動データを多く持つことで、圧倒的な効率やビジネス機会を生みだしています。
ここで再び時価総額ランキングを見ると、2015年時点でGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)がランクインしています。ランキングにはありませんが、昨今ではテンセントやアリババが力をつけていることからも、これらの企業は情報流を押さえていると言えます。

2.2 テクノロジーの関係性から見た各国における主要技術と対象ビジネスの守備範囲

昨今は情報流を押さえて、C(customer:エンドユーザ)とB(Business:サービス提供者)の2面で儲けるモデル「BtoPtoC(またはBtoPtoB)」が世界的に強力です。Alipay、WeChat、Grabなどが代表的です。
PF(プラットフォーム)がC(エンドユーザ)とB(サービス提供者)の間に置かれ、ソリューションを両面に提供する「BtoPtoC」モデル

「BtoPtoC」はプラットフォームがC側とB側の両面に展開されているビジネスを指した造語です。「BtoPtoC」モデルが強いという前提のもとで各国と各種テクノロジーとの関係性を見てみると、以下のように主要技術と対象ビジネスの守備範囲を整理できます。
各国における主要技術と対象ビジネスの守備範囲

各国の守備範囲を見ると、アメリカは全領域、スウェーデンは中央寄りです。ドイツは左に寄っていて、物理的技術力を伴う技術に長けていることがわかります。これは、これまでの製造技術の磨き込みがあるためです。日本もドイツと同様左寄りで、「物理的技術力を伴う技術でB向けのビジネスは得意だが、物理的技術力を伴わない技術によるC向けのビジネスは不得意」であることを意味します。
一方、物理的技術力を伴わずにプログラミングでまかなえる技術は、中国、インド、インドネシアといった新興国が非常に強いというのが私の見立てです。物理的な技術力は低い反面、C向けのGojekやGrabといったスーパーアプリ(メッセージ送信や電話、銀行のカード機能など、生活に必要なあらゆる機能を持ったアプリ)がサービスを拡大しています。

新興国が今非常に勢力を伸ばしている背景には、扱いやすいtoCデータを大量に持ち、情報流を押さえていることが起因しています。アフターデジタル概論でお話した通り、サービスの品質さえ良ければ、ユーザが増えていく。しかも人口が中国14億、インド13億、インドネシア3億のように膨大なことから、Cのデータが大量にたまります。Cのデータを大量に持っていると、B向けのビジネスが当然展開しやすくなる。そうすると他国にはできないようなビジネスチャンスと新しいサービスを生み出すことが可能になる。これらが、新興国が今注目されている理由です。

このように整理すると、どの国は何の技術に強く、なぜそれが盛り上がっているのかがわかるかと思います。

2.3 多面的プラットフォーム「BtoPtoC」の重要性は人を吸着させる「場」を作ること

情報流の時代で「BtoPtoC」が強力であることを述べました。ここからは、この「BtoPtoC」の重要性を解説します。

BtoPtoCモデル

情報流の時代では「できるだけ顧客の状況を把握してビジネスできること」が重要になります。そのためには大勢の人にサービスが使われる必要があり、プラットフォーマーの役割はその「場」を作ることであると言えます。

できるだけ顧客の状況を把握しているビジネスの例として、まずFacebook(Meta)やAppleを挙げます。Facebook(Meta)の場合、多くの顧客の状況をできるだけ把握できているため、B向けに広告ビジネスを展開することができています。Appleの場合、App Storeにアプリを載せたいと企業が思うのも、Appleユーザが大勢いるからであって、5人しかいないプラットフォームであれば話は別でしょう。
次に、ペイメントアプリをイメージしてください。
ユーザとしてペイメントアプリを飲食店や衣料品店で使えるのは、当然その店にも導入されているからですよね。プラットフォーマーが、CにもBにも両面に対してサービスを提供しているから使えています。
もっとも、CとBのどちらかだけを極端に増やすことは、なかなかできません。渋谷で1カ所しか加盟店がないペイメントアプリは、多分誰も使わないですよね。でも渋谷の99%のお店で使えるペイメントアプリだと言われたら、使う選択肢を容易に持つでしょう。加盟店視点で見ても、ユーザがいないサービスを導入してもコストが上がるだけなので、導入する判断をする可能性は低い。

このように顧客の状況を把握してビジネスをする際は、大勢の人に使われることを踏まえておく必要があります。C側は無料にしてユーザを増やし、B側でマネタイズする構造のビジネスがどんどん増えているのも同じ話です。
そして、プラットフォームという「場」に人を吸着させるためには、ステークホルダーに対して他社サービスよりもメリットがあり必要とされる場でなければならず、toCとtoBのどちら側にもサービスを提供する必要があります。これは、ユーザにとって「いかに優良なBがたくさん載っていて体験が素晴らしいか」、ビジネスプレイヤーにとって「いかに優良なCがたくさん載っていて体験が素晴らしいか」の構造です。GAFA、中国のテックジャイアント、グローバルユニコーン企業のいずれも、ほとんどがこの「BtoPtoC」モデルを採用しています。

これがうまくいっていないケースは、日本のペイメントアプリに散見されます。B向けの加盟店開拓営業と、ユーザを増やすというC向け活動が、完全に分断されてしまっている場合があります。
私がGojekやTencentに「どうやってサービスをグロースするのか」と聞いたとき、B向けとC向けの活動は一緒のチームで行っていると答えていました。
サービスローンチのフェーズで「今は営業に集中して加盟店を一気に増やさなきゃ」という議論が重要になりますが、BとCのグロースを分けてしまうと、情報流通がうまくいかず、トラブルの原因になることもあります。「ユーザのこの情報が取れます」と謳って営業したのに、情報バランスが偏っているせいで加盟店が欲しい情報を得られない、などがそうです。ですから、B側とC側が連携されており、両方にメリットのある状態でサービスが提供されていることが非常に重要なのです。
なお、この「BtoPtoC」モデルを実現できるのは限られたプレイヤーだけなので、本当に目指すのであれば緻密な設計が必要ですし、あえて目指さない、という手ももちろん考えられます。

2.4. 情報流の時代における産業ヒエラルキー

情報流を押さえて行動データを取得する「情報流の時代」、この時代における産業ヒエラルキーを考えたとき、BtoPtoCの多面的プラットフォーマーが最上部、次にサービサー、最下部にメーカーの順になってきていると感じています。

中国の産業ヒエラルキー

決済プラットフォーマーは、移動、娯楽、飲食など、あらゆる業界に水平に入ることができるため、データを多く持っています。
中央のサービサーは業界ごとにプレイヤーが分かれていますが、その領域においては圧倒的なUXと、圧倒的なアクティブユーザ数がいるプレイヤーが君臨しています。
一番下のメーカーは、上のプレイヤーたちのデータがないと市場の状況がわからなかったり、ユーザとの接点が持てなかったりする状況になっていると感じています。

これを日本に当てはめてみると、PayPayが100億円キャッシュバックキャンペーンやLINE Payとの連携を行うのも一番上のポジションを取りに行くように見えますし、トヨタが車作りのメーカーからモビリティプラットフォーマーに向けて動いているのも、まさに一番下から最上部のレイヤーに上がる話だと見ています。


後編でも引き続き、海外のUX動向を捉える上での重要観点をご紹介します。(後編はこちら)

fujii yasufumi

■講師プロフィール
株式会社ビービット 執行役員CCO 兼 東アジア営業責任者 一般社団法人UXインテリジェンス協会 事務局長 藤井 保文
1984年生まれ。東京大学大学院修了。
上海・台北・東京を拠点に活動。国内外のUX思想を探究すると同時に、実践者として企業の経営者や政府へのアドバイザリーに取り組む。
政府の有識者会議、FIN/SUM、G1経営者会議など「アフターデジタル」に関する講演多数。
アドバイザリーでは小売、金融、メーカー、インフラ等の様々な企業において、UX/DXから経営やビジネスモデル、顧客価値を抜本変革する取り組みに関わる。AI(人工知能)やスマートシティ、メディアや文化の専門家とも意見を交わし、新しい人と社会の在り方を模索し続けている。
『アフターデジタル』シリーズ(日経BP)の続編であり、実践的な方法論を記した『UXグロースモデル』と、オンラインフェス「L&UX2021」における世界のトップリーダーの議論をまとめた『アフターデジタルセッションズ』を、2021年9月に2冊同時出版。
AFTER DIGITAL Inspirationでは編集長として情報を発信中。

■先進事例研究分科会について
国内・海外のUX事例の研究。月に一度の頻度で、リサーチ結果や会員企業の取り組みの共有を実施。優良事例を判別するための指標や基準を作る。
主要メンバー:白坂 成功、藤井 保文

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